「テクノロジーの介在なくして医療の未来はない」--メドピア CEO石見陽×産業医 大室正志 Health2.0直前対談

2017/11/13
TEXT BY 長谷川リョー PHOTO BY オバラミツフミ

インターネットがさまざまな産業に溶け出し、巨大産業は変化の様相を呈している。医療・ヘルスケア領域もその例外ではない。医療×テクノロジー「ヘルステック(HealthTech)」は少子高齢化先進国で、巨大な医療市場を有する日本においても注目の領域と言えるだろう。

2017年12月5日から6日にかけて世界最大規模かつ最もアクティブなグローバル・カンファレンス「Health 2.0 Asia - Japan 2017」が渋谷ヒカリエで行われる。

今回は開催に先立ち、カンファレンスを主催するメドピア株式会社の代表取締役社長・石見陽と、知性と教養に裏打ちされた軽妙な語り口で注目を浴びる産業医・大室正志氏による対談が行われた。

これまで医療領域にテクノロジーが浸透しなかった背景が現役医師の視点から語られ、加速度的に成長する市場の未来予測、“ヘルステック元年”ともいうべき2017年のHealth 2.0の見所にまで話は及ぶ。

15年前に生まれた電子カルテが、未だ浸透しない医療業界

―― まずは、お二人の「ヘルステック」一般に対する見解を教えていただけますでしょうか?

Person

そもそも「ヘルステック(HealthTech)」とはヘルスケア(Healthcare)とテクノロジー(Technology)を掛け合わせた言葉です。「ゆりかごから墓場まで」という表現がありますが、まさにヘルスケアも生涯に渡る健康管理にテクノロジーが介入することを指していると考えています。


1999年に信州大学医学部を卒業し、東京女子医科大学病院循環器内科学に入局。
循環器内科医として勤務する傍ら、2004年12月にメドピア株式会社(旧、株式会社メディカル・オブリージュ)を設立。
2007年8月に医師専用コミュニティサイト「MedPeer(旧、Next Doctors)」を開設し、現在10万人以上の医師(国内医師の3人に1人)が参加するプラットフォームへと成長させる。2014年に東証マザーズに上場。2015年にHealth 2.0を日本に誘致し「Health 2.0 Asia - Japan」として主催。

Person

医療とテクノロジーの融合を指す「メドテック(med-tech)」や、生物研究とテクノロジーを掛け合わせた「バイオテック(bio-tech)」など、テクノロジーと医療領域の連携が進んでいますが、ヘルステックはそれら全てを包括した考えだと認識しています。


産業医科大学医学部卒業。専門は産業医学実務。大森赤十字病院での臨床研修修了後、産業医実務研修センターにて産業医実務と研究活動に従事。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医を経て現職。メンタルヘルス対策、インフルエンザ対策、放射線管理など企業における健康リスク低減に従事。現在約30社の産業医を務める 。社会医学系専門医・指導医 著書「産業医が見る過労自殺企業の内側」(集英社新書)

―― 一口に「ヘルスケア」といっても、ハードウェアとソフトウェアの2つのアプローチがありますよね。

Person

ヘルステックという言葉が生まれた当初は、主にソフトウェアが医療領域と連携していく流れがありましたが、現在はハードウェアが台頭しています。最近よく聞かれる言葉ですが、インターネットとあらゆるモノが連携する「IoT(internet of things)」も、医療業界にも浸透し始めています。

Person

現在ではブログサービスやソーシャルゲームなど、インターネットだけで完結するビジネスモデルが一通り出揃いました。すると今度は、金融とテクノロジーを掛け合わせた「FinTech」や人事関連業務にテクノロジーを応用する「HRTech」など、テクノロジーをさまざまな分野と掛け合わせたビジネスが生まれてきます。閉鎖的で変化を嫌う医療業界も、その流れにやっと追いついてきたところです。

電子カルテが分かりやすい例でしょう。かつては紙のカルテを共有することで患者の健康状態を共有していましたが、現在は電子カルテで情報共有をすることが増えてきました。ただ、電子カルテが生まれたのは15年ほど前。長期的な視点でみれば圧倒的に生産性が上がるのにもかかわらず、導入が進むまでにこんなにも時間がかかってしまいました。

―― なぜ医療業界にはテクノロジーが浸透しにくいのでしょうか?

Person

医療提供者からすると、テクノロジーを導入するインセンティブが少ないんです。電子カルテを例に挙げれば、たとえ導入しても診療報酬点数(医療保険から医療機関に支払われる治療費)が上がることはありません。つまり、医療機関が得る収入は増えない。すると導入するコストばかりに目がいき、短期的な損益だけをみてしまうんです。

Person

生産性は大幅に上がりますが、収益の増加など目に見えるメリットがなければ、わざわざ電子化するモチベーションが湧いてこない。国も医療機関に電子カルテを導入させる設計をしていないので、なかなか古い業界構造が変わらないのです。

ヘルステックのビジネスモデルの主流は“BtoC”から“BtoB”へ

―― 医療とテクノロジーの融合が進まないなか、現在のヘルステック領域はどのような動きが生まれているのでしょうか。

Person

電子カルテのように、保険適用の医療領域は国の承認を得なければビジネスを展開できなかったり、制度が変わるとビジネスモデルそのものが機能しなくなる可能性があります。そうなると業界外の人には複雑で触れにくいこともあり、もっとシンプルな保険外の領域に参入する民間企業が増えています。


日本では今年3度目の開催となる「Health 2.0」。メドピアCEO石見陽は2009年より米国開催に参加し続けている。
Person

大室先生のお話に加え、ビジネスモデルにも大きな変化が起きています。これまで7年間、アメリカを中心に世界の「Health 2.0」カンファレンスに参加し、さまざまな企業をみてきましたが、BtoCのビジネスを展開していた企業はほとんど生き残ることができませんでした。メインプレーヤーだったBtoCから、BtoB、BtoBtoCのビジネスモデルが現在の主流になっています。

―― なぜ直接カスタマーにサービスを提供する企業が生き残れないのでしょうか?

Person

ヘルスケア領域において、顧客がお金を払うのは「欲求が明確なとき」。「3ヶ月後までに10kg痩せなくちゃいけない」など、明確な欲求がない限りサービスに課金しないんです。日本は国民皆保険制度があるため、病気になっても安く治療が受けられます。なので、なかなか予防医療にお金を払わない。すると結局、個人相手にヘルスケアビジネスを提供しても大きなリターンを得ることができません。小さな欲求には、小さな金額しか動かない。分かりやすくいえば、風邪をひかないために数千円を払うインセンティブがないのです。

―― ビジネス視点に立つとヘルステック領域にお金を投資するのはなかなか難しいように感じますが、いかがでしょうか?

Person

ただ、企業が健康経営(従業員の健康に配慮することで、経営面において大きな成果が期待できるとする考え)を積極的に導入するなど、健康投資への流通金額が増えてきています。

Person

遠隔診療など、注目すべきビジネスモデルが生まれていることも忘れてはいけません。対面よりも遠隔の方が便利な状況はいくらでも存在するため、国の制度が変われば、遠隔領域でのビジネスが一気に盛り上がる。現在は大手が二の足を踏んでいる状況ですが、遠隔診療が主流になれば、現在のプレイヤーを次々に買収する未来が容易に想像できます。

また、メドピアは7年前に数億円規模の資金調達を行いましたが、現在は医療業界でも数十億円規模の投資を受ける企業が出てきました。たった7年間で10倍です。ヘルステック領域が盛り上がるアメリカでは数百億円規模の資金調達が行われていることを考えると、日本でも今後ますます成長速度が増していくと推測できます。
「Health 2.0」は、そうした未来ある企業と接点を持つ貴重な機会になるはずです。

2017年は“ヘルステック元年”になる。「Health 2.0」は業界の未来を占う試金石

―― 今後のヘルステック領域を占う意味で、特に注目している分野はありますか?

Person

AIを用いたビジネスモデルは、確実に伸びていくと思います。たとえば皮膚に異常があったとして、その写真を見て人間が病状を診断するよりも、AIはより精度の高い診断を下すことができる。なので、人間の役割は徐々にAIに取って代わられていきます。

Person

アメリカの「Health 2.0」では、ブロックチェーンが注目を集めていました。日本では技術の進化に対する法律の整備が遅れがちなため、直近で実現する可能性は少ないですが、個人の健康状態をクラウド上で共有できれば圧倒的に効率化されることは間違いありません。

Person

過去の歴史から未来を紐解くのも、今後のポテンシャルを見極める意味で有効な手段です。たとえば30年前、企業のオフィスには灰皿が置かれており、「オフィス内喫煙」が当たり前でした。現在は想像もできない光景です。

逆を言えば、現在の当たり前も30年後には不自然な光景になっていることもあるはず。身近な例をあげれば、満員電車に揺られて通勤しているのなんて誰がどう見ても身体に悪そうです。未来から逆算して、どうしようもなく不健康なことの改善に取り組む企業はポテンシャルが高いといえるでしょう。

―― 最後に、今年のHealth 2.0の見所をお願いします。

Person

今年が3度目の開催になりますが、過去に比べ、明らかに大きなムーブメントが起きています。プレーヤーが増え、流通するお金も数十倍になり、いよいよ市場が出来上がってきていることを肌で感じられるようになりました。

黎明期ともいえるこの時期に、業界のトッププレーヤーたちが一堂に会する機会はそう多くありません。ヘルステック業界の今後の未来を占う意味でも、現在の動向を知る数少ないチャンスになると思います。

―― 産業医である大室先生は、今回のHealth 2.0をどのように捉えていますか?

Person

石見先生のおっしゃる通り、業界のトッププレーヤーたちと一度にネットワーキングできる機会はそうないため、非常に貴重な時間になるのではないでしょうか。

また今年に関していえば、ちょうど医療従事者とビジネスサイドの乖離がなくなる時期だと思います。医療従事者は実現可能な技術に興味を示しますが、ビジネスサイドの人間は数十年後の未来を描く。そのため、これまでは議論が平行線でした。しかしテクノロジーが進歩したことで、ようやく「ヘルステック」が現実的に医療業界に浸透するフェーズに至りました。現在政府が医療におけるイノベーションを推奨していることも鑑みれば、明らかに追い風が吹いています。2017年は、腰を据えてヘルステック業界へ向き合うベストなタイミングです。

Health 2.0 Asia - Japan 2017に参加する

スタートアップ、学生の方、メディア関係の方などは
公式サイトトップよりご応募ください。
ボランティアスタッフも募集中です。

公式サイトTOPへ